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千葉地方裁判所 昭和46年(レ)36号 判決

控訴人(原審被告) 石井由男

右訴訟代理人弁護士 小川彰

同 桜井勇

被控訴人(原審原告) 笠川利平

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 田口二郎

主文

本件控訴を棄却する。

(ただし、原判決主文第一、二項を次のとおり更正する。

一、被告は原告笠川利平に対し

(1)  別紙第一目録記載の土地につき、千葉県知事に対する農地法五条一項三号の規定に基づく届出手続をせよ。

(2)  右届出手続をなしたときは、右土地につき千葉地方法務局市原出張所昭和四三年一一月五日受付第一七〇五三号条件付所有権移転仮登記の本登記手続をなし、かつ右土地を引渡せ。

二、被告は原告笠川利二に対し

(1)  別紙第二目録記載の土地につき、千葉県知事に対する農地法五条一項三号の規定に基づく届出手続をせよ。

(2)  右届出手続をなしたときは、右土地につき千葉地方法務局市原出張所昭和四三年一一月五日受付第一七〇五三号条件付所有権移転仮登記の本登記手続をなし、かつ右土地を引渡せ。)

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文第一、二項同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、控訴人は、昭和四三年一〇月三一日訴外黒須良作との間で控訴人所有の別紙第一、第二目録記載の農地(以下、本件各土地という。)を、農地法五条所定の県知事の許可を条件に売渡す旨の契約をしたこと、右訴外人は、控訴人に対し同日代金全額を支払ったうえ、同年一一月五日千葉地方法務局市原出張所受付第一七〇五三号をもって右売買を原因とする条件付所有権移転仮登記をなしたこと、被控訴人らは、昭和四三年一一月八日訴外黒須から右売買契約上の買主の権利一切を譲受け、前記条件付所有権移転仮登記につき、同月一三日前記市原出張所受付第一七五六七号をもって譲渡の付記登記をなし(被控訴人らの持分は各二分の一)、昭和四四年九月二五日右譲渡の事実を右訴外人から控訴人に対し通知したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば、昭和四五年二月一九日、被控訴人笠川利二は前記第一目録記載の土地の、被控訴人笠川利平は前記第二目録記載の土地の権利をそれぞれ放棄し、前者の土地については前記市原出張所同月二〇日受付第三九九二号、後者の土地については同所同日受付第三九九三号をもって前記付記登記につき条件付所有権持分放棄の各付記登記を経由したことが認められる。

右事実によれば、被控訴人らは、訴外黒須から同人と控訴人との間の売買契約上の買主の権利をその同一性を保持してこれを譲受け(買主の義務は、右譲渡当時残存していなかった。)、右訴外人の条件付所有権移転仮登記につき権利移転の付記登記を経由するとともに、右譲渡の事実を譲渡人たる訴外黒須から控訴人に対し通知しているのであるから、これによって被控訴人笠川利二は前記第一目録記載の土地につき、同笠川利平は同第二目録記載の土地につき、直接控訴人に対し売買契約の当事者たる地位に立ち、かつこれを控訴人に対し対抗し得るに至ったものとみることができる。

しかして、控訴人は農地売買契約上の売主の義務として直接被控訴人らに対し、県知事に対する許可申請手続をなすべき義務を負い、もしその許可があったときは買主たる被控訴人らのため所有権移転登記手続(前記仮登記に基づく本登記手続)をなすべき義務および土地引渡の義務を負うものといわなければならない。

ところで、≪証拠省略≫によれば、本件各土地は、昭和四五年七月三一日千葉県告示第四九八号によって市原都市計画市街化区域内に含まれていることが認められるところ、同四三年法律第一〇〇号による農地法の一部改正(昭和四四年六月一四日施行)によって、市街化区域内にある農地転用のための権利変動については、同法五条一項三号所定の県知事への届出(農地法施行規則六条の二第三項、同施行規則二条二項により当事者の連署が必要。)があれば、県知事の許可が不要となった(農地法五条一項但書参照。)。右届出は後述するように、県知事の許可と同じく農地の所有権移転を目的とする法律行為の効力発生要件であり、契約当事者がこれを条件としたか否かにかかわらず法律上当然必要な要件であって、いわゆる法定条件というべきものである。したがって、控訴人の負担する前記県知事に対する許可申請手続は、右法定条件の変更によって、当然県知事に対する届出手続をなすべき義務に変り、所有権移転登記手続および土地引渡も右届出を条件とすることになったものというべきである。

なお弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは控訴人に対し、それぞれ県知事に対する届出がなされたことを条件に前記土地の所有権移転登記手続および引渡を求める必要が現に存するものと認められる。

二、控訴人の主張に対する判断

まず控訴人は、前記農地法改正前における農地売買契約上の買主の権利の譲渡は、農地法の脱法行為として無効であると主張するのでこの点について判断するに、農地売買契約上の買主の権利の譲渡は、包括的な債権関係の譲渡にほかならず、当然現実に農地についての権利関係ないし農地自体に対する直接の支配関係に変動を生ずるものではなく、又知事は許可申請をした譲受人について果して農地の取得適格を有するかどうかを審査し、その許否を決するものであるから、右権利の譲渡を認めたとしても農地法の精神に反するということはできないものであり、控訴人の右主張は採用することができない。

次に控訴人は、被控訴人ら主張の買主の権利の譲渡とは単純な権利の譲渡ではなく、権利義務を包含した買主たる地位の譲渡をいうものであり、したがって売主の承諾を要するところ、被控訴人らは右譲渡につき売主たる控訴人の承諾を得ていないのであるから控訴人に対抗することができないと主張するので、この点について判断するに、被控訴人らは債務を伴わない買主の地位の譲渡の意味で買主の権利の譲渡を受けたと主張しているものであることは弁論の全趣旨に照らし明らかなところであり(売買契約上の「買主の地位」と「買主の権利」とは厳密には区別すべきもののようであるが、「買主の地位」と同じ意味で「買主の権利義務」という例も見受けられ、買主の義務が存しない場合の買主の地位の譲渡を買主の権利の譲渡というかどうかはひっきょう用語の問題にすぎないように思われる。)、右譲渡につき控訴人の承諾を受けていないことは被控訴人らの自認するところであるが、前記確定した事実によれば、訴外黒須は控訴人に対し、右両者間の売買契約締結の際即時代金全額を完済し、被控訴人らに右売買契約上の買主の地位を譲渡した当時には、控訴人に対する債務は残存していなかったのであるから、右譲渡を控訴人に対し対抗するためには、債権の譲渡に準じ、売主たる控訴人の承諾があるか、又はこれに対する通知をなせば足りる訳である。そして、譲渡人たる訴外黒須から控訴人に対し右譲渡の事実を通知していることは前記のとおりであるから、原判決説示のように条件付所有権移転仮登記について権利移転の付記登記をしただけで買主たる地位の譲渡を売主たる控訴人に対抗することができるかどうかはともかく(右付記登記だけで対抗できるかどうか疑問なしとしないが、仮に対抗できないとしても)、これによって被控訴人らは、右譲渡を控訴人に対抗することができる筋合いであり、控訴人の主張は理由がないといわねばならない。

又控訴人は、農地法五条一項三号所定の農地の所有権移転に関する県知事への届出の性質は、県知事の許可と同様いわゆる補充行為の性質を有するものというべきであるから、売主と買主の権利の譲受人とが県知事へ届出をなしたとしても、右両者間に権利移転についての合意がない以上、所有権移転の効力を生じないものと解すべきであり、買主の権利譲渡につき売主たる控訴人の同意がない本件においては、直接控訴人に対し県知事への届出ならびに所有権移転登記手続の請求をすることはできないと主張するので、この点について判断するに、農地法五条一項三号所定の県知事への届出行為は、私人の公法行為というべきものであり、県知事の許可と異なり行政行為ではないから講学上のいわゆる補充行為とはいえないけれども、右届出をしないと県知事の許可を受けなければならない法律上の不利益を受けることになるのであるから、結局届出も許可と同様農地の所有権移転を目的とする法律行為そのものの効力発生要件であり、又当事者間に実体上所有権移転の合意がない以上は、形式的に県知事へ届出をなしても所有権移転の効果を生ずることはないものと解される。しかるところ、前記の如く被控訴人らは、訴外黒須から控訴人に対する売買契約上の買主の権利を譲受けたのであるから、これにより控訴人と被控訴人との間に直接本件各土地の所有権移転の合意が成立したものと認めることができ、又控訴人は、訴外黒須との間の売買契約に基づく売主の義務として、右契約上の買主の地位を承継した被控訴人らに対し、直接県知事に対する届出手続をなすべき義務を負い、右届出をしたときは買主のため所有権移転登記手続をなすべき義務を負うものというべきである。控訴人の引用する判例はいずれも事案を異にし、本件に適切でない。

又控訴人は、不動産が転売された場合、転買人は当初の売主は勿論自己に至るすべての権利移転の当事者の同意を得ない限り、当初の売主に対し直接自己に所有権移転登記手続を請求することはできないと主張するけれども、前記のように売主たる控訴人と買主の権利を譲受けた被控訴人らは所有権移転の直接の当事者というべきであるから、その引用の判例は明らかに事案を異にし、本件に適切でなく、右主張は採用することができない。

三、以上の次第であって、被控訴人らの本訴請求は正当であり、これと同旨の原判決は相当であって(ただし、原判決には、次の点において明白な誤謬があるので主文のとおり更正する。すなわち、被控訴人らは、条件付所有権移転仮登記に基づく本登記手続請求を、土地の引渡請求と同じく農地法五条一項三号所定の県知事への届出手続をなしたことを条件として請求しているものであることが、その主張自体に照らし明らかであるが、原判決は、右請求を認容しながら、右本登記手続請求につき届出手続を条件とする趣旨が明確でなく、原判決はこの点において、明白な過誤を犯しているものと認められる。)、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法九五条、八九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺桂二 裁判官 鈴木禧八 佐々木寅男)

〈以下省略〉

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